ダイビングで歯が痛くなる「バロドンタルジア」の正体|歯科衛生士でダイバーの私が経験した話
「うっ……っ!」
水深7メートル、視界の青さに見惚れていた瞬間、奥歯に鋭い痛みが走りました。
私の趣味はスキンダイビング。たまにスクーバの体験ダイビングにも参加します。耳抜きは問題なくできるし、気圧の変化にも慣れているつもりでした。だからこそ、この痛みが何なのか一瞬分からなかったんです。
針で突かれたような、神経に直接届く痛み。慌ててバディに「上がる」と合図を送り、ゆっくり浮上しながら、私はパニックになりかけていました。
耳?……いや、痛いのは耳じゃない。 頭?……違う、確かに歯だ。 歯が、海の中で痛くなる?
水面に上がって落ち着いてから、職業柄ふと思い当たったんです。
「これ、もしかしてバロドンタルジア?」
私は歯科衛生士です。学生時代の教科書で、たしかに見覚えのある言葉でした。
「バロドンタルジア」って、何?
英語で書くと "Barodontalgia"。
- Baro(気圧)
- Odont(歯)
- Algia(痛み)
直訳すると 「気圧性歯痛」。日本語では 「潜水時歯痛」 とも呼ばれます。
ダイバーだけでなく、飛行機のパイロットや乗客にも起こる現象として、医学的に古くから知られています。
気圧の急激な変化で、歯の中や歯の周りの閉じ込められた空気が膨張または収縮し、神経や周辺組織を刺激して痛みを起こす現象。
「閉じ込められた空気」?
普段、患者さんに虫歯や詰め物の話をするとき、私はこの「気圧の話」までは普通しません。陸の上の生活では問題にならないからです。
でも海の中では話が違う——それを身をもって思い知りました。
痛みの原因は「歯の中の小さな空洞」だった
歯科衛生士として整理すると、バロドンタルジアが起きるパターンはおおむね次の通りです。
バロドンタルジアが起きる5つのパターン
原因 | メカニズム |
|---|---|
①治療済みの詰め物の隙間 | 詰め物と歯の境目に微小な空気が入っている |
②進行中の虫歯 | 虫歯の空洞に空気が入り、気圧で膨張・収縮 |
③不完全な根管治療 | 神経を抜いた跡に空気が残っている |
④歯周ポケットの感染 | 膿の周囲に気体が発生していることがある |
⑤親知らずの炎症 | 周囲組織に空気の滞留が起きやすい |
そして、ここが大事なポイント。
健康な歯では、まずバロドンタルジアは起きません。
つまり、海の中で歯が痛くなったということは—— 自分の歯のどこかにトラブルがある、というサインなのです。
「過去に治療した歯」が一番危ない
私には心当たりがありました。
数年前、奥歯の銀歯を入れ替えています。さらに別の奥歯では、根管治療(神経を抜く治療)も受けていました。痛んだ場所は、まさにその治療済みの歯でした。
治療した歯は、自然のままの歯より構造が複雑です。詰め物と歯の境目、神経を抜いた空洞——そういう「治療の跡」に空気が入りやすい。陸の上では何ともなくても、水中で気圧が変わると痛みが出ることがあります。
ゾッとしました。
歯科衛生士として日々患者さんに「治療した歯のメンテナンスが大事」と伝えていた私自身が、「治療した歯ほど、海では繊細にケアしなければいけない」という当たり前を、海の中でようやく実感したのです。
重症化すると「歯が割れる」「詰め物が吹き飛ぶ」
文献を読み返してみて、もう一つ怖い事実を再確認しました。
軽症のバロドンタルジアは「痛い」で済みます。でも重症化すると、
- 詰め物が浮いて外れる
- 歯が破折する(割れる)
- 根管治療部分の感染が悪化する
実際、海外のダイビング事故報告には「水中で詰め物が外れて誤飲した」ケースもあります。
私が体験した「水深7mでの痛み」は、警告サインだったのです。あのまま潜り続けていたら、もっと悪い結果になっていたかもしれません。
私が立てた「再発防止プラン」
歯科衛生士としての知識をフル動員して、次の海までに以下を実行しました。
①即・歯科医院で精密検査
- レントゲンで全ての治療済み歯を確認
- 銀歯の隙間を確認するための精密検査
- 根管治療した歯の経過確認
結果、過去に入れた銀歯にわずかな浮きが見つかりました。これが原因だった可能性が高いとのこと。即・再治療しました。
②素材より「精密さ」を優先する
私は最終的に、銀歯をセラミックで再治療することを選びました。ただ、これは「銀歯がダメでセラミックが良い」という単純な話ではありません。
歯科衛生士として現場で見てきた事実として、こうお伝えしておきます。
「下手なセラミックより、上手な銀歯のほうが密着性が高い」ことは普通にあります。
歯の修復で大事なのは素材そのものより、
- 歯科医の形成技術
- 型取り・スキャンの精度
- 技工士の精度
- セメントの選択
- 防湿(唾液混入の有無)
- 噛み合わせの調整
これらの仕上がりの精密さです。
その上で、精密に作られたセラミックは確かにマイクロリーケージ(微小な隙間)を抑えやすいメリットがあります。私の場合、信頼できる歯科医に巡り会えていたので、再治療にセラミックを選びました。
ダイビングをしている方は、歯科医に「潜水で気圧変化がある活動をしています」と必ず伝えてください。そうすると、より精密に診てもらえます。
③ダイビング前のセルフチェック習慣
毎回潜る前に、簡単なセルフチェックをするようになりました。
- 冷たい水を口に含んで、しみる歯がないか
- 噛みしめて違和感がある歯はないか
- 鏡で歯茎の腫れ・出血はないか
「違和感があったら、その日は潜らない」
これが私のルールになりました。
④3か月を基本にした定期歯科検診
「年1回でいいかな?」と最初は思っていました。でも歯科衛生士として、自分自身にも厳しく言うことにしました。
「まずは3か月を基本に始め、状態が良ければ4〜6か月に延長する」
理由は3つあります。
①プラーク(細菌膜)の再付着は時間とともに進行する 歯面清掃をしてもプラークは再形成されます。セルフケアだけでは落としきれない部位があり、時間が経つと歯石化や炎症につながります。
②歯周病の再燃予防 歯周病既往がある人は、3か月を超えると悪化することがあります。歯科のSPT(Supportive Periodontal Therapy)でも3か月前後が標準とされる理由です。
③行動習慣の維持 歯磨き・フロス・生活習慣は時間とともに緩みがちです。3か月ごとの定期的な声掛けは、継続効果が大きいことが知られています。
そして、特にダイビングや潜水で気圧変化を受ける人は、症状がなくても3〜4か月での管理がむしろ現実的です。気圧性歯痛の予防、詰め物の異常を早期発見できるからです。
ただし、全員が一律3か月でなければダメというわけではありません。
- 歯周病既往なし
- 虫歯が少ない
- セルフケアが行き届いている
- 歯石沈着が少ない
こういった条件が揃っている人は、4〜6か月でも十分管理できます。
「迷ったら3か月で開始し、状態が良ければ延長する」
これが歯科衛生士としての私の結論です。
二度と起きていません
これらを実行してから、私はもう何度も海に潜っていますが、バロドンタルジアは一度も再発していません。
正直、最初の痛みを経験した時は「もうダイビングは無理かもしれない」とまで思いました。でも原因が分かれば、対処はできる。
歯のトラブルは、海では我慢できない。
そのシンプルな事実を、痛みと引き換えに学びました。
ダイビング前に必ず確認してほしいチェックリスト
最後に、これからダイビングをする方、すでにダイバーの方に向けて、歯科衛生士としてまとめたチェックリストです。
海に行く前のセルフチェック|3層で確認する
「過去5年以内」とよく言われますが、現場で見ていて思うのは、5年は便利な目安であって、医学的な境界線ではないということ。古い治療歯ほどむしろ要注意な場合もあるので、3層で確認するのが現実的です。
第1層:直近1年以内の治療
- ☐ この1年以内に詰め物・被せ物を新しくしたか?
- ☐ 仮の詰め物が入っている歯はないか?
- ☐ 治療直後で違和感が残る歯はないか?
→ 要注意。修復物がまだ安定していない可能性。
第2層:1〜5年以内の治療
- ☐ 1〜5年以内に治療した歯はあるか?
- ☐ そのうち冷水でしみる歯はないか?
→ 経過確認対象。歯科で状態を見てもらいましょう。
第3層:5年以上前でも残るリスク
- ☐ 5年以上前の銀歯・古い被せ物が残っているか?
- ☐ 過去に根管治療(神経を抜く治療)を受けた歯はあるか?
- ☐ 大きな被せ物・再治療歴のある歯はあるか?
→ 5年超でも油断禁物。古い修復物ほどマイクロリーケージや二次虫歯のリスクが高まります。
症状面のセルフチェック
年数だけでなく、今ある症状も同じくらい重要です。
- ☐ 最近、噛むと痛む歯はないか?
- ☐ 冷たい・熱い飲み物でしみる歯はないか?
- ☐ 過去のダイビングで違和感を覚えた歯はあるか?
- ☐ 歯茎の腫れ・出血はないか?
ひとつでも該当するなら、潜る前に歯科で確認してください。
歯科医院での確認事項
- ☐ レントゲンで治療済み歯の状態確認
- ☐ 詰め物の浮き・隙間の有無
- ☐ 根管治療部位の経過確認
- ☐ 進行中の虫歯がないか確認
「ダイビングをしている」と歯科医に伝えると、より丁寧に確認してくれます。
まとめ|「歯は、海とつながっている」
ダイビングを始めた頃、私は装備のことばかり考えていました。
でも今、振り返って思うのは、「装備の前に、自分の体を整える」という当たり前のこと。
そして、その「体」には歯も含まれているということ。
水深7メートルで感じたあの鋭い痛みは、歯科衛生士でもありダイバーでもある私の視点を、確実に深めてくれました。海を楽しむために、私たちは陸での自分も整えないといけません。
この経験が、同じ痛みに悩む誰かに届けば嬉しいです。
※本記事は歯科衛生士としての知識と自身の体験に基づいて執筆していますが、症状がある方は必ず歯科医師の診察を受けてください。